すぐに自分を愛するのは難しい。まずは『知る』ことから始めよう

この記事は以下の記事に対する個人的な感想をまとめたものです。

目次

自分をゆるすということ

私たちは、人には決して言わないような罵声を自分には平気で浴びせてしまいますよね。

「誰もお前を必要としてない」「消えてしまえ」「最低」

どうして自分に対してそんなにも厳しくあたってしまうのか。そこに罪悪感があるというのが根本さんの見解でした。

私たち人間はひとりひとり凸凹で、完璧な人なんてほんとはいません。

そんなことはわかっていても、他人の一部の要素がその人のすべてに思えてしまって、羨ましくて自分がみじめになったりするんですよね。

アファメーションを繰り返して自分を許せるようになると、自分のダメな部分をみても「そんなもんだよな」「しょうがないよ」と思ってあげられるのかもしれません。

頭で理解するのと心が理解するのはぜんぜん違います。

なので「よし、自分を許してあげるんだ!」と考えていても、自分に対して腹が立ったり悲しくなることもたくさんあるでしょう。

だけどそこで「やっぱりこんな自分が変われるはずがなかった。綺麗事だったんだ」と思わずに

「今までたくさん自分を傷つけてきたんだから時間はかかって当然だよね」とのんびり進んでいってほしいです。

ところで、根本さんのカウンセリングの事例には、幼少期の親御さんの関係にきっかけを見つける人が多かったです。

罪悪感をもって自分を傷つけているということは、あなたはそのぶん愛したくて、愛して欲しくて、愛している人の幸せな姿をみたかったのだと思います。

だけど拒絶されたり否定されたり、自分の思いを大切にしてもらえなくて悲しかったんですよね。

ですが、そこに自分なりの愛情があったのだと気づけるだけでも、「そっか自分ってそうだったんだなぁ」って少し優しくなれるような気がしませんか?

つむぎ

いっぱい頑張った自分をよしよししてあげましょ〜

「自己肯定感」について思うこと

自己肯定感の話の中で「ゆるす・認める・受け入れる」というキーワードがよく出てきますよね。

正直私は最初、この言葉がよくわからなかったり、反感を抱いていました。

人と比較をするのではなく、昨日の自分と比較して、ありのままの自分を受け入れる

なるほど立派で美しいです。けれど現実はそんなに美しいものではありません。

心に余裕がある時は、自分や人のことを理解してあげようという気にもなりますが、気分が落ち込んだ時は何もかもを否定してしまいたくなるものです。

他人がいるから自分という存在を認識できるのですから、人と比べるのは当たり前じゃないですか。

自分のイヤな部分はどうしたってイヤなままで、好きになれない状態がさらに嫌悪感を募らせる…

だけど良いんですよ、あなたは、そのままで。うん、良いんです。

いきなり「ゆるそう、認めよう!」と思うと、そこにいきつくまでの過程がすっ飛ばされているので違和感を感じますが、

まずは「知る」ことが大切なんだと私は思います。

「自分はあの人にこうしてほしかったんだな」「こうしたいんだな」「あれが欲しいんだなぁ」

今まで「そんなの無理だからわがまま言わないの!」と叱ってた自分の声に耳を傾けて「そっかそっかぁ。そうだよね〜」って子供のお話を聞くように。

1人で向き合うのが難しい時こそ、カウンセラーさんの出番なのかもしれません。

もしそれでもカウンセリングに抵抗があるという方は、ノートを作るといいかもしれません。

文字に起こすとより客観的に自分のことを知ることができます。

ありのままの自分を受け入れるってそう簡単なことじゃありませんよね。でも受け入れたいと思ったその瞬間から自分自身と向き合い始めているのだと思います。

これからも、人間関係の悩みに関する記事をまとめていきますので、一緒に頑張って、さいっっこうの人生を生きましょう!

あなたの人生の主導権は親でも世間でもない、あなた自身なのですから。

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この記事を書いた人

つむぎ
大学では哲学科を専攻した20代女性

自身が傷つきやすく悩みやすいので、同じような「繊細さん」に寄り添える発信を目指しています。

彼氏をこよなく愛してる

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